愁いを帯びたクレッシェンド
「殺すなら、さっさと殺せ。」
魔王ことミオルは言った。なんと可愛らしい名前かだろうか。それに対して勇者は、
「本当は今までの罪をつぐなうまで、痛みつけてやりたいがあいにく時間がない。」
そして僕達を囲んでいる民に向かい、
「今から死刑を執行する。そして魔王が死んだその時、ようやく平和が訪れるのだ。我らの勝利だ!」
と叫ぶとワァーという歓声が聞こえた。そしてあっさりと死んだ。流石に魔王とて首を切られては死ぬ。
さて、ここは人間族の王国。その中の見せしめのための処刑場。そこにあるのはギロチン台。そこで魔力を極限まで吸い取られ、抵抗することもなく殺された魔王ミオルであった。
だが、死してなお意識があった俺はこう独り言を言った。いや、思った。
「勇者よ、お前は本気で平和が来ると思っているのか?確かに一時的な平和は訪れるかもしれない。だがそれだけだ。その後どうなるか知っているか?戦争関連の仕事が意味をなさなくなり、失業者が増える。また、戦いが減り人口が増える。増えると当然食料の需要が増す。しかし今でさえ供給が怪しいのにどうするつもりだ?当然食料不足になり、やがて富を求めて人間どうしで争いあう。そこで誰かがこう声を上げるかもしれない。ことの元凶は魔王を倒した勇者だと。勇者こそが悪だと。お前はそんな未来を望んでいるのか?僕は…もう…なにも…でき…ない…よ」
そして意識も途絶えた。
何故ここにいるのかというと1ヶ月前までさかのぼる。
僕は、人間族に一番近い村に週一で訪れ、木製のバリケードに異常はないか確認している。なんせ、人間族は魔族がなにもしてないにも関わらずアホみたいに、やれ平和のためだとかでこの村に攻めてくる。
この村には魔王城の四天王が一人、デュランを滞在させているのでまず被害がないが、やはり心配なのには変わりないし、こうして来るわけである。
その日もこの場所を訪れ、皆に頭を下げられ、僕が頭を上げてくれと言うという、いつもとなにも変わらない日になるはずだった。
だがバリケードの点検中、攻めてきた勇者一行に出くわしてしまった。まあ、こんなこともしばしばあったので、すぐ戦闘要員を呼び、民を逃すための時間を稼ぐか、勇者らを捕まえるかしようとした。
しかし、相手が強すぎた。決して僕が弱いわけではない。その証拠に前攻めてきた勇者一行をものの数分で全員無力化し、自殺願望があったもの以外は魔王城で働いてもらっている。
でも、今回の勇者一行は違った。一瞬で戦闘要員の半分が溶け、さらにその数を増やしている。僕も後衛をしているが全く意味を成していない。そして足が震えている。なぜなら目の前で無詠唱で最高位魔法をホイホイ打つ人間、最高位の結界を何重にも貼る人間、切られた腕まで再生させる治癒師、一振りで何人も切り捨てる勇者っぽい人間、さらに負けず劣らずの人間が10人ほどいるからだ。こんなの今まで見たこともないし、知らない。人間でないように思える。
そしてあっという間に僕一人になってしまった。それでも僕は魔王だ。やすやすとやられるわけにはいかない。実際、何百年ぶりかに本気を出したが、防戦一方だ。なので隙を見て、テレポートで離脱する予定だったのだが、村の奥で魔人族の女の子たちが逃げ遅れているのを見てしまった。
それは勇者一行も同じで、すぐさま弓使いが射掛けてきた。普通魔王は小さな犠牲はいとわずに自分の命、国を優先するだろう。それが合理的であるから。
しかし、僕は優しすぎた。僕が初めて勇者一行を捉えた時に小さい頃から世話をしてくれたナーベさんに言われたことがある。
「魔王様、あなたは優しすぎます。勇者一行を生かしておくなどあってはなりません。慈悲を与えなさるのは結構ですが、痛みを与えずに殺すのが慈悲と言うものです。よくお考え直し下さい。」
と。なので仕方なしに記憶を消して生かしてることにした。それでもナーベさんは納得しかねる顔をしていたが。
そして今、はたからこの優しさが裏目に出た。しかし、僕は後悔していない。もう言うまでもないと思うが、なかば反射的に自分のために構築していたテレポートをその少女たちのために使ってしまったのだ。そして少女達は魔王城に飛ばされことなきを得たが、僕にはもうテレポートを再構築する余裕はなかった。その後は、察しの通り徐々に押され捉えられてしまった。
この知らせを聞いた魔王城内の人達が、やっぱりミオル様は優しすぎるだの、急に飛ばされてきた少女達の処置をどうするかなどで、しばらく魔王城が騒々しくなったのはまた別の話である。
第一楽章
「そうだぞ!生意気なんだよ」
と言う声が隣から聞こえたような……うーん、まだ意識がしっかりしない。さっき僕死んだはずだけど。まだ視界は霞んでいるが何か見える。女の子か?にしてもボロボロだな。とにかくなにがあったのか聞くべきだ。
声をかけようとした時、横から砂が飛んだ。そして少女に当たる。僕は驚き、横を見た。するとそこには手に砂をつけた少年がいた。
この少年が砂を投げたのか。ん?横の少年が砂を投げた?状況的に少年が少女をいじめていることになる。もちろんその少年の隣にいるのは僕だ。
ここで、周りを確認すると、五人ほどの少年が少女を囲んでいた。
あれ?これってもしかして僕もいじめしてるうちの一人になってないか?意識を失っていたからと言って許されることではない。しかも大人が少女をいじめるなど、僕が見つけたら厳罰を下すことなのに。とりあえずこの状況を収めないといけない。自分への罰はそれからだ。
意識も完全に復活した。そして状況も飲み込めた。
僕が中心にいることから、多分ボスは僕で間違いないだろう。ならば指示を出すか、
「今日はここまでにしてやる。お前ら帰るぞ。」
「でも……」
「俺の言うことが聞けないのか?」
「聞けます!か、解散!」
周りの奴らは怯えて一目散に帰っていった。そしてここには僕といじめれていた少女だけが残った。
よし、これでひとまず少女が傷つくことはないな。ここはまず謝らないとな。
「すいませんでした!」
そして僕は一歩下り、正座をして地面に頭を近づけた。そう、以前捕まえた勇者がやっていた土下座というものだ。
土下座として伝わるかどうかわからないが、誠意は伝わるだろう。
恐る恐る顔を上げてみると、少女は目を丸くして唖然としていた。そしてしばらく沈黙が続いた。
「あっあの、こちらこそ、すいませんでした。私なんかが、その、口出しして、ほんとにごめんなさい。」
その沈黙を破ったのは少女だった。小さな頭を深く下げている。つまり僕は、少なくともこの少女よりも身分の高い、いじめっ子の少年に乗り移ったのだ。しかも魔族の敵である人間の少年だ。改めて自分の衣服を見てみると、確かに裕福そうだ。魔王の時と比べると、全然だが。
しかしこの事態を作り出したのは間違い無く僕だ。なので収集をつけるべく、情報を聞き出すことにした。
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