船の娘
私は船で生まれた。
両親は、小さな宇宙船で他の星を回って、地球で仕入れた細々とした物を売る星間行商人で、宇宙船が私の家だった。
幼い頃の私は、この生活が嫌ではなかった。
いろいろな星を巡って珍しい物を見るのが楽しかったし、どの星の子供ともすぐに仲良くなれた。
宇宙中に友達がいた。
おかしいと気付いたのは、久しぶりに地球の友達に会った時だ。
以前は二人とも同じくらいの背格好で、好きな物も同じで、一緒に駆け回る事ができた。
いまや彼女は女性で、私だけが少女のまま。
踵の高い靴を履いた彼女は、もう理由なく走ったりしない。
「どうして?」
私は両親に聞いた。
星間航行は光速に近い速度で移動する。そのため、地上よりも時間の進みが遅いのだと彼らは言った。
突き付けられた残酷な現実に私は泣いた。
「皆と一緒に大人にはなれないの?」
私が聞くと、両親は静かに微笑んだ。
身体的に近しい子は幼く、精神的に近しい人は大人過ぎる。
そんな私の目に留まったのは、全宇宙で流行しているオープンチャット型のボトルメッセージアプリ〝宇宙漂流瓶〟だった。そこなら身体も精神も関係ない。あるのは文字の羅列だけだ。簡単なプロフィールを入力して、後はおしゃべり相手が拾ってくれるのを待つ。
モヤモヤとした思いをボトルに詰め、宇宙に流すとコクーンベッドに入った。天窓から夜空に星が点々と見える。船で生まれた私の故郷は〝船〟であり、この星じゃない。あの暗闇こそ私のほんとうの故郷なのだ。それなのに、この気持ちは何? 今この瞬間もあのボトルがこの星の外をさまよっていることを想像すると不思議な気持ちになった。
返事があったのは、翌日の昼間だった。
私は返事の入った瓶を、開けぬまま引き出しに入れた。
その日は、ある星の客に頼まれた品物を届けるため忙しく、私も手伝っていた。
あの私が泣いた時――両親は事実を告げただけで、他には何も言わなかった。
一人で受け止めきれなかった私は、宇宙漂流瓶に行き場のない思いを詰めて流した――
「こんにちは」
客に挨拶をする母の声で、ばんやりしていた私はハッと我に返った。
「いつもありがとう」
そう言って出て来たのは老いた染色家だった。両親はその人に、いつもの染色材料とは別に幾枚の布を渡した。
「遅くなりましたが、ご依頼の品です」
それは既に滅びた技術で染められた布で、長い内戦で現物も失われていた。私の両親は、それを辺境の星で見つけてきたのだった。
染色家は泣きながら、両親に感謝の言葉を繰り返した。
船に戻ってから、私は瓶を開けた。すぐに宇宙共通語に翻訳された文字が現れた。
<生きてたんだ、よかった>
瓶箋には赤子の画像データが添えてあった。記憶はないが、それはまぎれもなく私だった。
差出人のプロフィールは年齢の割に老けてみえ、その人によると私たちは惑星シトロンの原住民族だという。シトロンには気泡状のエネルギー資源が豊富で、連邦内で利権をめぐり何年も紛争が起きていた。それに巻きこまれた原住民たちは故郷を離れ、今も難民となっている。差出人は瓶箋を見て、もしかしたらと返信したという。
私は両親を問い詰めた。星間航行で時間が遅くなるのなら両親も年を取るはず。だが、彼らは地上の人と同じように年齢を重ねている。違うのは私だけ。
「ほんとは地球人じゃないんでしょ!」
父は混乱した私を抱きしめようとしたが、その腕を振り払った。重い沈黙が船内を覆う。やがて母が静かに口を開いた。
「かつての星間行商人は商品になりそうなものは何でも拾って売りさばいた。戦場でもそうだったの……」
内戦のどさくさに紛れて掘り出し物を探そうとシトロン星に行った時、売られたのがあなた。
せめて子供だけは、という親心だったのだろうと両親は言った。内戦の影響で、いまだシトロン星人は追われる身だ。
それに、と両親は私に鏡を見せた。間もなく思春期を迎える私の額に横一文字に線ができている。大人になると開く、シトロン星人の証である目。
地球は、異星人にとって決して居心地の良い場所ではない。成長速度が違えば尚更だ。
とにかく私の願いが叶わない事だけは確定した。目の前が真っ暗になった。
ふと、あの染色家の嬉しそうな顔が浮かんだ。
それから次から次へと、いろいろな星のいろいろな人を思い出した。
星を渡る船が出会わせてくれた人達。
心の闇に灯った小さな星明りは無限に広がっていった。
そうか。光の点を結ぶ線が私の居場所――
額の目がうっすらと開き、温かい涙が一筋流れた。
ありがとうございます。
短いお話なので、サクッとお楽しみいただければと思います。
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