Retoom!
テーマ SFサバイバルデスゲーム
世界的なゲーム会社であるファクトリー社が近々新作ゲームを出すという告知を受け、熱狂的なサバゲ―マーである一浪(いちろう)はそのテストプレイヤー募集に応募した。
内容は所々隠されており、一浪はなんとか当選したものの、合格通知にも何も書かれてはいなかった。
当選者だけが集められる会場に向かう道中、一浪は何者かに襲われ、拉致されてしまう。
気づくと一浪はどこかのヘリに乗っていて、そこで自分を含め、周りにいる者達も合格者であることが明かされる。
テストプレイの内容はとある無人島でのサバイバルだった。集められた者たちと協力し、一週間そこで生き延びられたら一人一人に景品をプレゼントするという。
一同はやがてその無人島らしき島に着き、自分以外の者たちが何者であるのかを知る。
彼らが持ってきた所持品が中央に集められ、まずは荷物チェックから始めようと中身を見ると……。
生きているなかで「生」を実感できる瞬間なんてあるのだろうか。
生まれたときにはそんなこと考えないし、死ぬ瞬間には一瞬あるのかもしれないが、天寿全う的な感覚で逝くのではないかという不安がある。
違うのだ、俺の求める「生」はそんなものではない。
生きている間に感じられる至上の快感とでも表そうか、いや、口で説明するのは難しい。
もしかすると殺人鬼とかの心理の方が近いのかもしれない。奴らは人を殺すことに快感するが、俺たちサバゲーマーは自分を殺すことに快感を覚える。
ギリギリで弾を避けたとき、脳のヒリつく集団戦。それらに命を削っている感覚が、たまらなく本能を刺激するのだ。
実際に死ぬことはないしても、その環境の中では、俺はいつどんな日常の場面よりも、生きていると実感できる。
ゲーム中に知り合った、顔も知らない奴の話だが、そいつは戦闘にこんなことを言った。
「オ○二ーしてるみたいだな」
『変態かよ』
『てめぇも同じようなモンじゃねえか』
ヘッドホンの奥でそいつはそう言い返すと、だってなと落ち着いた態度で言う。
『オレらは所詮、ゲームの中でしか生きられない人種なんだよ。現実(リアル)じゃみんな外に出られずに、家の中に引きこもってるニートみたいな奴らばっかりだ、きっとな』
『俺まで一緒にするな』
『なんだよ。働いてるのか? にしては声が若いよな、てことは高校生か? 高校生も学校行ってなきゃニートと何も変わらねえぞ』
『個人情報だ。詮索はルール違反だろ』
『へぇへぇ、悪うござんした』
悪びれもせずに言うと、そいつは思い出したように言った。
『そう言えば知ってるか? 例の新作ゲームの話』
『ああ、界隈じゃ有名な話だからな』
コマンド操作の傍ら、俺たちはその話題について話し始めた。
世界的なゲーム企業、ファクトリー社が新作ゲームを出すという告知が先日発表されたのだ。
その告知に伴い、α版のゲームのテスターが募集された。
テストの内容に目を通すと、詳しいことは当選者にのみ教えるということだった。
その他にもゲームに関わる情報はほとんど開示されず、ただ「サバイバルゲーム」だということだけが俺たちに教えられた。
ファクトリー社は様々なゲームを展開しているとはいえ、注目されるのはやはりアクションゲームであり、卓越したグラフィック映像とコレクション欲を刺激する武器の秀逸なデザインはどのゲームにおいても健在で、俺もほぼ全てのソフトをプレイした。
だからというべきか、今回の告知は誰もが涎を垂らすほど待っていたはずだ。かくいう俺もその一人だ。たとえどんなゲームであっても、テストプレイができ、先行して経験値を稼げるアドバンテージが手に入るのならば、参加しない選択はなかった。
何十行におよぶ規約に一応全て目を通し、登録情報をいくつか入力して、送信ボタンをクリックした。
「そっちはテスト、参加するのか?」
訊くとそいつは、「いやいや」とヘッドホンの奥で首を振る。
「当たるかもわかんねえ募集には興味ねえよ。それにあの説明文、肝心なことは何も書いてなかったしな」
「けどそういうものじゃないのか? お前は気にならないのかよ」
「気になるさ、けど、オレはあいにく社会人でね。こうやってたまの休日に若者とダベるくらいしか息抜きの方法を知らないダメな大人なのさ」
「働いてたのか」
意外だと呟き声をもらすと、そいつは「おうよ」と頷いた。
「だから、もし当たってもどんな感じだったかは教えてくれるなよ。そういうのは本番までとっておきたいんだ」
「ああ、わかった」
そいつはゲーマーだが、俺とは種類の違うゲーマーだと思った。
むしろ休日にやってるだけでこれだけの動きができるなんて、もったいないとすら感じた。
今すぐ会社を辞めて専念すれば、プロにだってなれるかもしれない。
俺には他に、誇れるものがない。
会って話すことも苦手な人間に、社会に出て働くような選択肢などあるはずがないのだ。
そんなことができていれば、ゲームの中で生を感じようなんて思考に行き着くはずがない。
数日後、一通のメールが送られてきた。
俺にメールを送って来るヤツなんて、詐欺サイトの管理人か胡散臭い就活センターくらいのものだから、普段は見るのもためらっていたが、今日が当選発表の日だということで、俺は珍しくメール画面を開いた。
ファクトリー社は外国の企業で、日本にも支社はない。だから通知も全部英語で、中学卒業くらいの英語レベルしかない俺は、いつも翻訳してから読むようにしていた。
けれどそのメッセージだけは、わざわざ開けなくても意味が理解できた。
前置きも何もなく、『congratulation!』という文字だけが視界に入る。俺は興奮のあまり立ち上がっていた。
「きた、ついに来た!」
俺はさながら、自分の時代が到来したようなテンションだった。
この時だけは、俺はネットの中で生を探すプレイヤーじゃなく、一人のゲーマーとしての充実感に満ちていた。
落ち着いて本文に目を通すと、やはり全てが英語だった。俺はやる気を削がれるのを必死で耐え、翻訳ツールに文面をコピーして日本語に変換する。
内容は当選の報告とαテストついてだった。
テストの内容は郊外禁止など、諸々の注意事項が記載され、それを遵守できる場合に限り指定の日時と場所に向かうようにという指示が書かれていた。
ここまできて肝心の内容を公表しないことに苛立ちを覚えたが、大企業ということもありその辺りの情報漏洩が厳しくなっているのだろう。
「ここが指定の場所か」
記載されていたアドレスをパソコンに打ち込んでマップに位置を表示させる。
しかしそこは、すでに別の企業がオフィスビルとして所有している場所だった。
集められる人数はわからないが、こういったイベントでは大抵十人前後が一般的だ。
おそらく、ビルといっても一フロアが貸し出される予定なのだろう。
俺はメールに視線を戻した。
「用意するものは、携帯だけか」
服装の指定も特にない。携帯を用意させるのはメールの宛先人かどうかを確かめるためだろうな。
あとはテストに耐えられるだけの体力さえあれば大丈夫ということだろう。だが俺は、何十時間だってゲームをし続けられる日常を過ごしてきた。だから何の心配もない。
そして当日、俺は一人暮らしのアパートを出た。
長期休暇というわけではないが、数日家を空けるということで水栓はぎちぎちに締め切っておく。
他にも冷蔵庫の中身を昨日のうちにすっからかんにしておくなど、まぁ、ほとんど何も入っていないが。
それくらいの準備を終え、携帯のマップの指示に従い着々とビルとの距離を詰める。
早くも足腰に限界がきそうだった。
一日中引きこもっていたのだから当然の結果だろう。腰よりも足の疲労の方が重症だ。
ゲームの体力については無尽蔵を誇る俺でも、身体的な疲労はどうしようもない。
家を出て10分も経たずに俺は立ち止まった。
「っ、足いてえ」
左右に家の立ち並ぶ小道で、俺は膝を抱えて大きく息を吐く。
大した距離も歩いていない。まだ大通りにすら出ていないなんて、到底信じられなかった。
立ち上がるのも億劫になると、途端にさっきまで滾っていた闘気がみるみる失われていく感覚がした。
今までの人生で、一度たりとも何かを成し遂げたことがない。
だから今回は、それを達成できる機会だとも思っていた。
俺は歯を食いしばって立ち上がり、帰りたいと訴える足を叩いて息を吐いた。
すると突然携帯が鳴る。俺はポケットから携帯を取り出した。
誰かから電話がかかっていた。
「もしもし」
電話に出た瞬間、目の前がまっくらになった。
何か大きな物音がして、俺は目を覚ました。
かたい何かの上に座っている状態で、目隠しされているせいで視界は真っ暗なうえ、音も聞こえないから周りの状況が一切わからない。
たぶんヘッドホンのせいだ。耳のところに妙な圧迫感がある。
オンラインゲームでは必須のアイテムだから、これは間違いないだろう。
一体何が起こったんだ。
「……!」
声を出そうとして、口が塞がれていることに気づいた。
両手も後ろの方でロープか何かで結ばれて、身動きがとれない。
まるで、どこかの国の工作員に拉致された日本人が、国外へ飛ばされるような状況だ。
だとすると何処だ。中国か、韓国か、それともまた別の国か。
どちらにしても運の悪い出来事だ。あんな狭い道端を歩いている一般人を狙うなんて。
いや、その方が一目につかないのなら、それもアリなのかもしれない。
もしかするとかつての拉致被害者も、こんな風に捕まったのかもしれない。
さっきからずっと、足元の方で揺れがしている。
微妙に体も揺れている感覚があり、もしかすると何か乗り物に乗っているのかもしれない。
そういえば妙に背中と腰が痛い。我慢できなくはないが、ずっとこの痛みに耐え続けられるほど俺は苦労をしてきていなかった。
動いたら殺されるかもしれないが、動かなければ気を紛らわせられない。
頭もいつもより働かない。朝飯はちゃんと食ったはずなんだが。
クソ・・・誰か助けてくれ。
頼れる相手も思い浮かばず、適当に思い描いた誰かに俺は助けを請う。
もし、いま俺がヘリコプターに乗っているのだとしたら、状況は絶望的に悪いと言えるだろう。
国内での移送手続きが完了し、あとは飛ばすだけという段階なら、助けの手がこっちに及ぶことはまずない。
良くて過重労働、悪くて拷問か何かをさせられるに違いない。
そんな未来しか待っていないのなら、今ここで舌を嚙みちぎって死んだ方がマシだ。
しかしそこで、耳を塞いでいたヘッドホンが取られた。
唐突に流れ込んできたのは、機械音と、空気を切り裂くヘリコプターの羽の音だった。
あぁ、やっぱりか。
俺は予想が当たったことを確信した。
ゴウンゴウンと打ち付ける風の衝撃に、ヘリの側面の壁がピキピキと音を立てて揺れている感じがする。
まだ視界は暗いせいで確信は持てないが、かなり高度のある位置を飛んでいるんじゃないだろうか。
けれどそのわりには呼吸が苦しくない。
マスクをしているのに何でだ。
そう思っていると不意に誰かが俺の目隠しをとった。
眩しい、と反射的に目を瞑るが、辺りは暗く、むしろ目が慣れていくうちにだんだんと周囲の状況がわかってくる。
俺は目を見開いた。
俺の隣に、長い管の伸びたマスクのようなものをつけた女が座っていた。
病院とかでよく見る、透明な素材でできている呼吸安定機のようなやつだ。
女は俺を見て、真っ青な顔で何か言った。
マスクのせいで声は聞こえなかったが、助けてください、とかそんな感じだろう。
女を無視して周囲に目を向けると、同じような状態で十人くらいが横並びに座っていた。
年齢層は幅広く、小学生くらいの子供が一人いる。そいつは目を瞑って寝ていた。
他は男女が7:3くらいの割合で男が多い。一番下をさっきの子供とするなら、最年長はおそらくあのスーツの奴だろう。眼鏡をかけた40代くらいのサラリーマンで、さっきの女のように今の状況に思考が追い付いていない表情をしている。
俺は男を見つめて「諦めろ」と口を動かした。
俺たちに死ぬ以外に選べる未来はない。
すでに国外にいるかもしれない状況で、外に助けを望めると思っている奴は一人もいなかった。
全員がこれからの未来を想像し、なるべく苦しめられないことを希望する。そんな空気が漂っていた。
俺も何度、死を選ぼうとしたかわからない。
けれど実際にそれができる奴なら、すでにもう倒れて横になっているはずだ。
一度チャンスがあったときに躊躇してしまった俺は、以降何度それを試みても、結局最後まではできなかった。
心のどこかに、生きたいという意思があった。
それを受け入れた俺は、少なくとも自分の意志で死を選ぶことができなくなった。
誰も助けのいない俺でも、生きる価値のない俺でも生きることを選択した。
俺は生まれて初めて、この世界に生きていることを実感した。
それがわかっただけでも、十分だ。
これから先、どんな過重労働が待っていたとしても、俺はきっと、自らの意志で死ぬことはない。
いつか訪れる死(そ)の時まで、汚らしく生にしがみつくだろう。
そういえば。
あのゲームのテスター募集の選考で、一つ奇妙な質問をされた。
『貴方はこの先の将来、どんな苦労があったとしても生きることができますか』
選択式の質問だったと思う。
当時は何も考えずに『はい』をクリックした。
だが今なら、あの時とは違った気持ちで「はい」と言える気がする。
何があっても、俺は生きることを諦めない。
するとどこからか、音声が流れて来る。
『ハーイみなさんこんにちは』
幼い声色だった。まだ変声期がきていない年頃のこどもが喋っているような。
けれど口調からは俺たちを馬鹿にしたような感じが伝わってきた。
『もう大分落ち着いたでしょ。最初は戸惑ってた人も、今は逃げることができないことを悟って大人しくしてるみたいだし、まず自己紹介から始めようか。僕はK、キングのKさ』
Kは鷹揚な口調で名乗った。
『今の君たちの状況は、突然身柄を拘束されて、気づいたら手足を縛られてどこにいるのかまったくわからない状況で心細い、ってくらいだろうけど、その通り。助けは来ない。今君たちは空の上にいる。そして、ここはもう日本じゃない』
Kは淡々と言った。
『あまり詳しいことは教えられない。けれど一つ保証できるのは、ボクは君たちに危害を加えるつもりはない』
ふざけるな。と言いたいところだが、殺すつもりならそんな場面はいくらでもあったはずだ。
Kが何らかの目的で俺たちを捉え、生かして連れて行こうとしていることにはすぐに気づいた。
『いいね。みんな落ち着いてる。それなりに心当たりがある人もいるだろうけど、他人にあまり自分のことを話さない方がいいとだけ助言しておくよ。今から君たちは現実(リアル)とはかけ離れた世界に降り立ち、別の自分(アバター)として生きていくことになる』
レトロゲームのキャラメイキングを終えたときのような説明をするK。
俺はこんな状況ながら少しワクワクしていた。
『到着するまでせいぜいキャラメイキングに勤しむことだね。偽名、偽年齢、偽の職歴(キャリア)、なるべくリアルな方が良いから、少しは本当のことを混ぜてもいいかもね』
それを聞いて、俺は思った。
嘘でもいいのなら、今だけはそれを信じてみたいと。
俺は、このクソみたいな人生を最初からやり直すのだ。そして、生まれ変わる。
生まれ変わった俺は、俺であってはいけない。
それを俺が自覚しても駄目だ。
だからどこまでも完璧に作り上げる。
キャラ:プレイヤー
名前:一浪
年齢:24歳
性別:男
身長:170cm
一人称:おれ
髪の色:黒
肌の色:黄色(おうしょく)
身体的特徴:痩せ型、アレルギー(?)
性格:?
好きな食べ物:?
嫌いな食べ物:?
趣味:?
職業:?
・・・・・・
結局、決められたのは最初の数項目だけだった。
だが、それでいい。おれは、生まれ変わるためにこれからの日々を生きる。
そう決めたのだ。
『さぁ、もうすぐだよ。準備はいいかな、新参者(プレイヤー)諸君。アレが、キミたちがこれから向かう場所だ』
『初期設定編』おわり
二章『離島編』
二章の構想はありますが終わりが見えないので切りの良い今でいったん終わらせます。伏線も何もないので、続き書けそうなら誰か書いてほしいです。
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