脱!脱出ゲーム
「はっ⁉︎」
気がつくとベッドの上にいた。
最近は毎晩のように悪夢にうなされている。
とはいってもどんな夢を見たのか覚えていない。思い出そうとしてみてもダメだし、妙に嫌な気分になるので考えないようにしている。起きた時の汗の量が多すぎて扇風機の風に当たっただけで寒気がした。
でもその原因が何であるのかは分かっている。ストレスだろう。
社会人になってからずっと営業マンとして頑張ってきていたが1年前に転職をして、やっと解放されたと思っていたが結局また営業マンになってしまった。
「君は前の会社で営業をやっていたのか!その経験を是非ともウチの会社で活かしてほしい!」
配属先の上司からそんな事を言われてしまうと断ることが出来なかった。せっかく転職したのだから自分の意見を言うべきだったと後になって思っているが、もはや手遅れのようだ。
「今どき牛乳を毎日飲む人なんていんのか?俺はコーヒー派だけどな!」
たまたま仕事中に学生時代の友人に会い、後日ご飯を食べに行ったときにそんなことを言われたが、私もコーヒー派だとつい言ってしまった。
一般家庭をメインで営業しているが断られる度に心が痛むことが多く、企業に営業したときに出してもらえるお茶がなんとも温かく感じる。
もはや新規で契約してくれる人はほとんどいない状況で毎日上司に業務内容を報告しては怒鳴られ、終電まで資料を作る日々が転職1週間後から始まっていた。
もう3ヶ月もやったんだから辞めてもいいかな。
悪夢とおさらばしようと思っていたところだったが、いつもベッドの横にある大量の牛乳パックが消えていた。
「ここは…どこだ?」
白い部屋。ひと言だとそんな感じだ。シンプルな白い家具ばかりだ。
テーブル、イス、棚、テレビ、扇風機、エアコン、冷蔵庫、電子レンジ、洗濯機、そして今座っているベッド。
ドアはあるが窓はない。
ひと通り見てやっと落ち着いてきた。ここは自分の部屋ではない。
しかし、少しホッとしてしまったのは牛乳パックがないことだ。もはやストレスの根源といっても間違いではない。
さて、私はどうしてこんなところにいるのやら。
最初に思ったのは、これは夢なのではないか?
それなら辻褄が合う。最後の記憶では確かに自宅で眠っていたはずだからだ。
しかし夢にしては現実味がありすぎる。
そして凄く冷静であるところ。
昔ながらの確認方法で試してみることにした。頬をつねってみた。痛みはある。夢ではない?
この方法を思いついた人に聞いてみたい。つねって痛みがあるときは本当に現実ですか?
誰かもっといい方法を教えてほしいところだが、この状況を夢以外で可能性があることを考えてみても、やはり思い当たることがまったくない。
「まさか勝手に連れて来られて脱出ゲームに参加させられてたり⁉︎」
誰がいるのか分からないが声に出してみると本当なんじゃないかと思えてくる。
よく見ると天井の隅にカメラが2台こちらを睨んでいるではないか!
本当にこんなことが、映画か漫画みたいなことがあんのかよ⁉︎
急に頭が混乱してきた。なんで俺が?ここはどこ?どうすればいいの?出ないとヤバいの?携帯はどこ?いま何時?会社に連絡するにはどうすれば?
疑問ばかり溢れてきて、怖くなってきた。
ドアに駆け寄り開けようとしたが、ドアノブは全く回らない。
「ここから出してください!!」
それぞれのカメラに大声で叫んでみても何も反応がない。
「誰かいませんかー?」
ドアの外に向かって叫んでみても反応はない。
どうすりゃいいんだよ…
テーブルの上にある、明らかに怪しいボタンがあった。これは漫画か何かで見たことがあるような、赤くて人差し指で押しそうなものだが特に説明もなく、絶対に押すな!みたいな文句も見当たらない。
俺は何を試されてるんだ?
いきなり参加させられた脱出ゲーム。
ということは、犯人もしくは主催者の目的があり達成されると終わるのではないか?
目的は何なのか?
さっぱり分からない状況の中、映画とかでもあるようにとりあえず落ち着こうと思いイスに座ってみた。
目の前のボタンが気になる。
これは明らかに怪しい。そしてボタンであるからには押されることで効果が発揮されるはずだ。
押してみる?
爆発とかはしないよな?もし俺を殺すような目的であるならばとっくに死んでいるだろう。
どうする??
臆病な自分が嫌いになってきた。いや、前から嫌いでならないが、ここぞという今があるのに一歩を踏み出せないままでいる。
転職を決めた時もそうだ。あまりにも仕事が忙しすぎて客先の受付の前で倒れた。すぐに救急車を呼んでもらい病院に連れて行かれ即入院となり1週間お世話になった。まさに天国のようだと思えた。
健康的なご飯は出てくるし、時間通りに就寝することもできる、時間が静かに過ぎていくことに癒しを感じた。綺麗な看護婦さんたちが看てくれていることが何よりも嬉しかった。寂しかったんだな。そのことに気付くことができた。
あっという間に1週間は終わり、心が元気になった気がしていた。
これならまだ大丈夫だ。
翌日、会社に行くと上司が心配そうな顔をして私を向かえてくれた。
手招きされ上司の前に行くとき
「大丈夫か?心配してたんだぞ!いまは病み上がりだから前までの半分くらいの件数でいいし、ノルマも気にしなくていいから、無理はするなよ!」
こんな事を勝手に思い描いている私はとことん能天気な男だ。
「お前のせいで仕事がこんなにも残っているぞ!早く終わらせてくれ!終わりもしないで家に帰るとか許さんからな!」
そのまま自分の机に向かっていったが、紙に一筆残してそのまま会社を出て行った。
あの一歩は自らの意志で出した気がしないでもないが、結果的に出ていたから、まぁいっか。
さて、このボタンをどうしようか。
結果はどうであれ、このまま何もしないのがどうしても嫌になってきたので押してみることにした。
古臭い言葉が勝手に出ていた。
「ポチッとな」
カチッ と音がして、
床の一部が迫り上がってきた。
いや、何か箱のようなものが出てきた。
壁はすべてガラスのようで中が見える。
中に何かがいるようだ。
…
人だ。
女性が閉じ込められている。
しかも、ちょっとかわいい。
いや、すごくかわいい。
彼女は、ガラスの壁を、ひたすら叩きながら、叫んでいる。
でも、何を言っているのかはよく聞こえない。
.
.
(なんだこれは。
俺にどうしろと言うんだ?)
箱が部屋の天井まで上がると、
また、カチッ と音が鳴った。
音がした方を見ると、ドアのロックが解除されている。
「やった、出られる!」
…ん?
ドアノブの横に何か数字が浮き上がってきた。
「なんだこれは。」
数字がどんどん減っている。
なにかのタイマーのようだ。
(もしかして、このドアが閉まるまでの時間なのか?)
(俺がこのドアから出たら、彼女はどうなってしまうのだろうか?)
彼女の様子を確認しようと振り返ると、彼女が入っている透明の箱の中に、水が流れていた。
この箱に、隙間はない。
ということは、、
!!?
「このタイマーは、彼女の箱が水でいっぱいになるまでのタイマーなのか?」
(どうすればいいんだ、、考えろ俺!!)
タイマーは残り3分を切っていた。
部屋にあった椅子で何度叩いてみても、箱はびくともしない。
(考えろ俺、考えるんだ、俺!!)
(いや、待てよ。 このドアもいつまでもあいているとは限らない。
考えている間にしまってしまうかもしれない。
彼女だって、知らない人だし。
閉じ込められたのは俺のせいじゃない。
そうだ、俺は何も悪くないんだ!
俺は外に出よう!)
そう思い、ドアノブに手を伸ばした。
タイマーは、残り1分32秒。
彼女のほうを見ると、水は3分の2ほど溜まっている。
変わらず彼女は叫んでいるが、聞こえない。
明らかに弱っている。
(俺があのボタンを押したから、彼女はこんな目にあっているのか?
それなのに、自分だけ逃げようだなんて、、
なんてことを考えてたんだ、俺は!!)
俺は、部屋中を探し回った。
何か使えるものはないかと。
棚の上から順番に探してみると、小さなハンマーを見つけた。
ハンマーを手に取り、思い切り叩いてみたが、びくともしない。
そういえば、マイナスドライバーで強化ガラスが割れる動画を見たことがある。
マイナスドライバーはないかと、棚をあさってみると、アイスピックがあった。
俺はアイスピックを手に取り、力一杯ガラスに叩きつけた。
ガラスが割れ、水が溢れてきた。
中から彼女を引きずり出し、抱えながらドアへ向かう。
タイマーは、残り5秒。
ドアノブに手をかけ、ドアの向こうへ進んだ。
後ろで、ドアのロックがかかる音がした。
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