航海王子のアストロラーべ

 世界にはいくつか不思議なものがある。

 誰に当てたか分からない手紙。

 誰が作ったのかも分からない建物。

 誰のために作られたかも分からない道具。

 ここにあるのは、『航海王子のアストロラーべ』。

 遠い遠い昔の、航海王子からの贈り物は、誰の手に渡り、誰のもとで使われてきたのかも分からない。

 それでも、金色のアストロラーべは今日も輝き、星を示す。

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 『航海王子のアストロラーべ』が示した道の先には、新しい大陸があった。

 砂漠の大陸、密林の大陸、それらはすぐに踏破された。

 だが、それらへの興味が失われたわけではない。人々は戦い、征服し、貿易し、奪い、莫大な富が生み出された。

 膨大な数の人の命と引き換えに、その富は生み出されたのだ。

 だから、とある一人の海賊は、『航海王子のアストロラーべ』を破壊してしまった。

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「……という伝説があるわけなんだけど!」
「うん」
「最近、発掘されたらしいのよ、その」
「『航海王子のアストロラーべ』が?」
「そう! ポルトガルのとある城ごと破壊されたはずの『航海王子のアストロラーべ』! ただ、どこの誰が発掘して、一体何のためにどこへ持ち去ったのかは分からない!」
「謎しかないね。ところで、聞きたいことがあるんだ」
「何?」

「その『航海王子のアストロラーべ』、まさか——」

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「まさか、魔術の道具だったりはしない?」
「……何で分かったの?」
「やっぱり。君が欲しがるようなもの、そんな曰く付きじゃないわけがない」
「失礼な!」
「それで? 目星はつけているんだろう」
「もちろん!」

 彼女は笑った。胸を張り、大声でこう言ってくる。

「今回の依頼は『航海王子のアストロラーべ』を確保、この私、カリーナのもとへ持ってくること! 頼んだわよ、魔術師オズワルド!」

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 カリーナは某財閥のお嬢様だ。趣味は魔術道具をはじめとした珍しいものを集めること、それはとても迷惑、もとい、悪用を防ぐためには有用な趣味ではある。

 この世界には魔術というものが確かに残っていて、人の世の裏側で生き続けている。そのことは、カリーナの祖父であるエンツォ氏が何を血迷ってか、幼いカリーナへ伝えてしまった。

 そして、魔術師との出会いまでセッティングしてしまったのだ。

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 僕、オズワルドは魔術師だ。代々とある田舎の片隅に棲家を構えて、ときに時代時代の為政者に協力し、ときに一般市民のささやかな要望を叶えてきた。まあ、善良だとは思う。

 だけど、二年前、カリーナに突然呼び出されてからは、その状況も一変した。

 僕は実家から、カリーナ付きの魔術師として貸し出されたのだ。

 僕は不服極まりなかったが、積まれたお金には勝てなかった。しょうがない。

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 そして、僕はカリーナから趣味の珍しいもの収集の手伝いを命じられた。

 今まで集めたものは、『賭博王女の首飾り』、『アラビアの水火薬』、『聖人のくわえた木片』などなど、はっきり言って魔術世界ではそれなりに重要視されているアイテムばかりだ。普通のひとからすれば、ただのガラクタである。

 でも、カリーナはそれがいいのだと言った。

 僕にはよく分からないが、他人の趣味に口出しはしないでおこう。

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 さて、今回の捜索対象となるアイテムは、『航海王子のアストロラーべ』だ。

 エンリケ航海王子が魔術師に作らせたアストロラーべ、それは当時の技術の粋を集めて作られた、羅針盤のようなものだったと聞く。

 ただし、持ち運べるような小さなものではない。航海王子の天文台に備え付けられていた、という伝説があるからだ。

 では、どうやってそれを手に入れ、カリーナの前に持ってくるか、だが——。

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 あれからおよそ一ヶ月。

 僕は新大陸にいた。飛行機でひとっ飛びしたのであって、高飛びしたわけではない。そんなことをしても、カリーナは地獄の底まで追いかけてくるだろう。僕は知っている。

 そうしてオークション会場で札を上げている。値段? カリーナが払うのだから、糸目はつけない。何万ドルかかろうと、僕の知ったことではない。

 それに、落札してからが勝負なのだから——僕は心の準備をしていた。

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 オークションの木槌が打ち鳴らされようとした、そのときだった。

 爆発音とともに、建物が揺れる。正装の人々は身をかがめ、悲鳴を上げている。

 僕はオークション会場の壇上にある、ガラスの箱に入った、黄金に輝く『航海王子のアストロラーべ』へナイフを投げつけた。

 ナイフはすうっと、ガラスをすり抜け、『航海王子のアストロラーべ』へ刺さる、その瞬間。

 『航海王子のアストロラーべ』は、消え去った。

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 僕はすぐさま、懐の赤金色の懐中時計を回す。

 すると、ぴたりと周囲の時が止まった。懐中時計『クロノス・クロノス』による時間操作だ。しかし僕の力量では制限時間は三分、僕は急いでオークション会場から逃げ出す。

 あとは、もう思い出したくもないほどのカーチェイスと銃撃戦に見舞われ、僕は命からがら新大陸を後にした。帰ったら、カリーナに被害額を請求してやる。

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「これが『航海王子のアストロラーべ』? 変わった天球儀ね、大きいし……どんな効果があるの?」

 巨大温室に置かれた『航海王子のアストロラーべ』を見上げ、カリーナは呑気にそんなことを僕へ尋ねてくる。僕はガーデンテーブルの上に積まれた百ドル札の束を数えながら、答えた。

「一年のうち、対応する黄道十二宮の星座がこの中央の線の間にあるときだけ、限定的だけど遠距離通信ができた、らしいよ」

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「つまり、これは通信機?」
「そうだね、おそらく洋上の船と連絡をするためのものだ。だから、子機となる別の道具もあったんだろうけど、そちらはもう海の底だと思うよ」
「ふぅん……じゃあ、これ単独じゃ魔術的な意味はないってことね」
「せいぜいが占星術に使うくらいかな。これだけ大きければ、はったりをかけやすい」
「何だか、かわいそうね。まあ、悪用されるよりはいいかしら」
「そうだと思うよ」

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 僕は百ドル札の束を数え終わり、トランクにしまう。

「今回の依頼はこれで終了だ。また何かあれば、連絡を、カリーナ」
「ええ、ありがとう。多分、すぐに次の手がかりが見つかると思うわ」
「君のところのエージェントは優秀だな」
「当然よ! 私直属のエージェントなんだから!」

 カリーナは胸を張る。僕は適当に頷いて、カリーナの屋敷から暇を乞う。

 僕は、何とか今回も生きて帰ってこられたことを喜んだ。

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