ヒーローにはなれない
「なんですか、それ」
イーグルはジェオが持っている袋を指していった。原色に近い派手な配色で、なにやらキャラクターが描いてある。
「なにって、駄菓子だぜ」
「ああそういう、僕にも少しください」
片手が差し出される。
「食うのか? 腹壊さねえよな」
「僕の胃腸をなんだと思っているんですか。いまも皆と同じ食事をしたばかりでしょう」
軍の宿舎で夕食を摂った後だ。これから一時間の自由時間が与えられる。イーグルは手に乗せられたいくつかのスナックをつまんで口にした。さくりと音が鳴る。その様子を眺めながらジェオは、そういえば昔からイーグルはビジョン家の用意する菓子類より、ジェオが食べているものに興味を示すと思い出した。
「うまいのか?」
「ジェオのような味がします。一見、粗暴に感じられながら歯触りは優しく、パンチが効いているのは最初だけで、総合的に甘いです」
「お、おう。駄菓子にこんな品評がつくとは思わなかった」
「変ですか?」
イーグルはどこか傷ついたように見えた。
「俺はお前さんちで食えるものが好きだがな」
「そうですか」
手のひらに残る菓子に目を落として小さく呟く。
「なんかあったのか」
イーグルは、はっとしてジェオを見つめ、きまり悪そうに笑った。
「僕は、自分の家に、自分の階級に馴染めませんでした。わかりますか、四歳にも満たない子供たちが皆、将来入る大学と就職先を決めているんです、皆ですよ? 子供なのにスケジュールは分刻み、親はマウントを取り合い、それは子供にも拡がっている。食べ物も衣服も習い事もなんでもそうです」
「そりゃすげえ世界だな」
「僕は疑問に思いました。本当に物心ついたばかりの幼児が自分の意思で将来のレールを望みますか? 怖かったんです、僕もそこにいることが。父と母は僕の自主性を尊重して、私立と公立を選ばせてくれました。僕は公立を選んで、そこははちゃめちゃでした」
「荒れてたのか」
「違います、個性の坩堝です」
懐かしそうに微笑んで手のひらを見つめるイーグルは幼少期を思い出しているのだろう。すると、ジェオの耳に口を寄せて囁いた。
「大きな声では言えませんが、僕は少し貧しい人たちが性に合ったんです。僕は、家の者がいればなにもしなくても自動的に何事も済むのに、彼らはおやつを食べるにも万引きをしたり、調理が必要なものをそのまま食べたりしました。例えばホットケーキの生地を舐めたり。その逞しさに触れたから、いまの僕が形成されました」
「万引きは駄目だろ」
「ええ、そう言ったら絶交されましたね。でも彼には仕方のないことだったんです。仕方のないことに耐える姿を、僕は勉強したと思っています。こんな話を聞いてジェオは幻滅しましたか?」